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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

過ぐる頃、伊豆のご配所より、旗上げの御状をひそかにいただいており、懸命、四囲の妨げを突き破って、夜を日についで、これまで駈けつけて来たのでござる。……一刻もはやく、兄君のお顔を拝したいのです。……どうか、おはやく、この由を」

義経には冷静に云いつづけられなかった。ともすれば、ここの門前で、もう涙が先立ちそうでならなかった。彼の胸には鞍馬以来の――いやそれよりもずっと前の――雪のふる日までが胸を往来していた。その雪の日や平治の戦乱は、記憶にあるはずもなかったが、幼な心に聞いていたくさぐさの事が、後には皆、幼少の体験をそのまま記憶しているように、今でも胸に甦って来るのであった。

「ならぬッ」

番の武者は、水でも浴びせるように、いきなり叱った。

「鎌倉殿に対して、兄の弟のと、馴々しいことば遣い、聞き捨てにならぬ無礼であるが、多分、人違いであろう。さもなくば狂人か」

と、義経のうしろに立っている二名の郎党へ向って、

「これは、其方どもの主人か。はや召連れて、ご門前を退け。ぐずぐずいたしおると、用捨せぬぞ」

「あいや!」

ふたりの郎党は、義経の前へ出て、さらに大声で何か云おうとした。