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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

「云うなと申すに」

「……で、でも」

「政治には、私心を交じえず、人事には、一点の私情もゆるさぬというお示し。……いいことではないか。有難いお心だ」

「ではなぜ、あなた様は、あの時平御家人のように、歓び勇んで、大工棟梁へ馬が引けませんでしたのか。――二頭まで、馬を引きに、お起ちなされましたが、誰が目にも、あなたのお顔は蒼かった。惨として、泣かぬばかりなご様子であった」

「それはな吉次……」

云いかけて、義経は渇いた唇の顫えを歯でむすんだ。ともすれば今でもまた、あふれかけそうな瞼のものをそっと怺えて。

五

義経は、自分と兄とのあいだに抱きあっている珠のごときものを、傷つけたくない。――他人から壊されたくない。

珠とは。

兄弟のつよい愛である。骨肉の情である。

(この世に一人の兄あり!)

とは、鞍馬にいた頃から、また、足柄山を奥州へ越えてゆく頃から――それからの長い年月のあいだも、義経の胸にたえず醸されていた血液的な思慕だった。尊い珠玉だった。

「吉次」

「へい」

「おまえは、他人の眼で、また他人の感情で、ひとり無念がっているが、鎌倉殿と義経のあいだは、切れない血と愛情でつながっている兄弟だぞ」