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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

「そうか。鹿の攀じ登れる所なら、馬とて駈け落せぬことはあるまい」

「いえ、鹿なればこそで、馬や人では」

鷲尾の若者さえ危ぶんでいるのに、義経は耳にもかけない眉して云った。

「忠信、継信、空馬を二頭これへ曳いて来い」

五

「はっ。馬をですか」

――心得て、継信、忠信の兄弟は味方の七、八十騎がひそんでいる後方の林へ駈けて行った。

そのあいだ、義経は鞍のうえに静かな姿を見せていた。今は、もう何も雑念のない姿かに見える。海も空も一色のまま未だ明けない宇宙にむかって、駒を佇ませていた。

「九郎様」

誰か、馬のわきに、ひざまずいたようである。義経は、地を見て、

「まだおったか」

と、不興気に云った。

「へい」

吉次は、頭を下げ直した。京都から強って軍に従いて来て、三草山のてまえでも、ここから戻れと、厳しく叱られたが、なお別れかねて、遂にここまで、慕って来た彼であった。

「……へい。もうここで、帰らせていただきまする。商人の中では、随一の大胆者といわれた私ですが、なるほど、戦の場所とは、こうしたものか、すさまじさに胆もちぢみました。……てまえにはもう残念ながら、これから先のお供はできかねまする」