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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

念仏を申すことならば、血の池の底、針の山のいただきからでも、いえることじゃ。声を出していうて悪ければ、口のうちでいう一声の念仏は、寺入りして千万度いう唱名よりは尊いのでおざるぞよ。その日その日の生活の苦労のうちに申してこそ、その念仏は生ける人の声として、御仏のお耳へもきっと届く。――疑いたもうなお内儀。雑業俗生の生活の忙しきうちから申す念仏とて、きっと弥陀は受けたもうにぞ。……そうじゃ、親鸞が今、よい物を進ぜよう」そういって、

「蓮位、蓮位」と、呼んだ。

弟子僧に、硯や筆や紙を運ぶようにいいつけて、親鸞は、六文字の名号を書き、それをお吉に与えて、

「これからは、ここへもお出でにならぬがよい。御仏は今かりに、平次郎の身にやどって、お身の信心を試しておられる。良人の平次郎を御仏と思うて仕えたがよい」と、諭した。

獣夫仏妻

一

「お吉っ、お吉っ」

朱を捺すったような顔に、青すじを膨らませて、河和田の平次郎は、こよいも、仕事袴も脱らずに、帰るとすぐ膳の酒に向ってまた例のわめきだった。

「やいっ、いねえのか」

暮れたばかりのほの暗い所では、お吉が、何か野菜でも刻んでいるらしく、細かい庖丁の音がしていた。