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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

流されて行く先が、鬼界ヶ島と聞いただけでも、人々は魂をおののかせた。

六条の範綱は法皇の御行動を、あやうい業火の淵からおすくいした心地がした。もしあの時、西八条へ一筋の矢でも射いてから法皇が、その軍勢のうしろにおいでになると分ったら、清盛の手は、院中にまでのびて、勢い、法皇のおん身にまで、どんな禍を及ぼしたか分らない。

「おそろしい世の中だ」と、今さらに思うのだった。

つとめて、身を慎しみ、処世の一歩一歩に、細心な自適を心がけるよりほかはない。

「箭四、箭四はいるか」ふと、思いついて呼ぶと、ほかの召使が、

「箭四郎どのは、今しがた、和子様を背に負って、流人の檻車を、見物に参りました」やがてその箭四郎が、十八公麿を負って、帰ってくると、範綱は、

「和子に、さようなものを見せてはならぬ」と、いって叱った。

しかし、十八公麿は見たがるのである。六条の館は、以前の日野の里とはちがって、都の町中である。眼をふさぎ、耳をふさいでも、ごうごうと騒がしい世態の物音や、恟々と脅える人々のうわさなどが、敏感な童心のかがみに映らないはずはなかった。

母の病気のために、久しく郷里に帰っていた侍従介も、やがて、帰ってきたが、わずかな間に激変した都のさまや、人間の栄枯盛衰におどろいて、