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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
「――治承四年」とつぶやいた。
「わしはまだ幼かった。おもとはよく覚えておろう」
「宇治の戦でございますか」
「されば、源三位頼政殿の討死せられたのは、この辺りではないか」
「確か。……月は、五月のころでした」
「わしには、母の君が亡逝られた年であった。……母は源家の娘であったゆえ、草ふかく、住む良人には、貞節な妻であり、子には、おやさしい母性でおわした以外、何ものでもなかったが、とかく、源氏の衆と、何か、謀叛気でもあったかのように、一族どもは、平家から睨まれていたらしい。さだめし、子らの知らぬご苦労もなされたであろう」
「いろいろな取り沙汰が、そのころは、ご両親様を取り巻いたものでございました」
「さあれ、十年と経てば、この水のように、淙々と、すべては泡沫の跡形もない。――平家の、源氏のと、憎しみおうた人々の戦の跡には何もない」
「ただ、秋草が、河原に咲いています。――三位殿は、老花を咲かせました」範宴は、法衣の袂から数珠を取りだして、指にかけた。
高倉の宮の御謀議むなしく、うかばれない武士たちの亡魂が、秋のかぜの暗い空を、啾々と駈けているかと、性善坊は背を寒くした。