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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

若い太子は、日本文化の大祖であると共に、仏教興隆の祖でもあった。日本の仏法というものは、青年にして大智大徳の太子の手によって、初めて、皇国日本の民心に、

(汝らの心の光たれ)と点された聖業であった。

かつては、弘法大師も、この御廟に百日の参籠をして、凡愚の闇に光を求めたといいつたえられている。

凡愚のなやみ、妄闇のまよい、それは、誰でも通ってこなければならない道であろう。弘法大師ですらそうであった。いわんや、自分のごときをや。

範宴は、この生命力のあらんかぎりは――と祈念した。叡山で学んだところの仏学と世間の実相と自身という一個の人間と、すべてが、疑惑であり、渾然と一になりきれない矛盾に対して、解決の光をみたいと念願するのであった。

しかし、およそ人間の体力に限りがあると共に、精神力というものにも、限度があるのであろう。夜がふけて、深々と、大気の冷澄がすべて刃のように冴えてくると範宴は、ふたたび、ぱたっと、昏倒してしまった。

すると、誰か、

「範宴御房――」初めは遠くの方で呼ぶように思えていたが、

「範宴どの。少納言どの」いくたびとなく、耳のそばでくりかえされているうちに、はっとわれに回った。