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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

「また、おいで遊ばせ」といった。振向いて、範宴は、

「はい、ありがとうございます」

しかし――彼は何か重くるしいものの中から遁れるような心地であった。こういう豪華な大宮人の生活に触れることは夢のように遠い幼少のころの記憶にかすかにあるだけであって、九歳の時からもう十年以上というもの、いつのまにか、僧門の枯淡と寂寞が身に沁みこんで、かかる絢爛の空気は、そこにいるだにもたえない気がするのであった。

慈円はもう木履を穿いて、丁子の花のにおう前栽をあるいていた。

供をして、外へ出てから、範宴はこういって慈円にたずねた。

「お師さまは、叡山にいれば、叡山の人となり、青蓮院にいらっしゃれば、青蓮院の人となり、俗家へいらっしゃれば、俗家の人となる。女房たちや、お子たちの中へまじっても、また、それにうち解けているご様子です。よく、あんな謡など平気におうたいになれますな」すると、慈円はこういった。

「そうなれたは、このごろじゃよ。――つまり、いるところに楽しむという境界にやっと心がおけてきたのじゃ」

「――いるところに楽しむ。……」

範宴は、口のうちで、おうむ返しにつぶやきながら考えこんだ。