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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

「お恥しいことだ」覚明は、憮然としながら、榾火の煤でまっ黒になった天井を見あげた。そして、

「今は、それも前身の仮の名にすぎぬが、実は、拙者は海野信濃守行親の子です」

「えっ」思わず範宴は眼をみはった。

「――では勧学院の文章博士であり、また進士蔵人の職にあった海野道広どのは、あなたでしたか」

「いかにもその道広です。木曾どのの旗挙げにくみして、大いに志を展べようとしたものですが、義仲公は時代の破壊者としては英邁な人でしたが、新しい時代の建設者ではなかったのです。ことすべて志とちがって、ご承知のような滅亡をとげました。拙者も、男児の事業はすでに終ったと考えて、一時は死なんとしましたが、どういうものか、最後の戦いにまで生きのこって、はや、世俗のあいだに用事のないこの一身を、かように持てあましているわけでござる」自嘲するように太夫房覚明はそういってわらった。

七

炉辺の夜がたりは尽きない。

覚明は昼間、範宴の講義を聴いた時から、

(これは凡僧でない)とふかく心を囚われていたが、さらに一夜を語り明かしてから、

(この人こそ、虚無と紛乱と暗黒の巷にまよう現世界の明しとなる大先覚ではなかろうか)という気がした。