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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

公卿たちが、はっと感じたのは、あまりに、彼のすがたが巨きく見えたためであった。およそどんな武将や聖でも、この大宮所で見る時は、あの頼朝ですらも小さく見えたものである。それが、まだ一介の若僧にすぎない範宴が、いっぱいに眼へ映ったことは、

(不遜な)という憤りを公卿たちに思わすほどであった。

しかし静かに、座をいただいて玉座のほうへむかい、やがて拝をする彼のすがたを見ると、公卿たちの憤りも消えていた。

作法は、形ではなくこころである。範宴の挙止には真が光っていた。

天皇も仏子であり、仏祖も天皇の赤子である。仏祖釈尊もこの国へ渡ってきて、東なる仏国日本に万朶の仏華を見るうえは、仏祖も天皇のみ心とひとつでなければならないし、天皇のおすがたのうちにも仏祖のこころがおのずから大きな慈愛となって宿されているはずである。

この国のうえに多くの思想や文化を輸入たもうた聖徳太子のこころを深く自己の心の根に培っていた範宴は、そういう常々のおもいがいま御座ちかくすすむと共に全身をたかい感激にひたせて、眩い額をいつまでも上げ得なかったのである。

御簾のうちはひそやかであったが、土御門天皇も、彼のそうした真摯な態度にたいして、しきりにうなずかせられていた。