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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

「花山院の御公達が見えられて、先ほどより、お客間にいらっしゃいますが」

「そうそう、そうであったな」

「お通し申し上げましょうか」

「いや、待て。……今日は範宴、何とも体がすぐれぬゆえにと――ようお詫びして帰してくれい」

「は……。ではお会いなさいませぬので」

「何とも、会いとうない」やむを得ず民部は退がってゆくのであったが、いつに似気ないこともあるものだと思った。客に接するのにこういうわがままなどいったことのない範宴である。それに、この数日来というものは、語気にも霜のようなきびしさと蕭殺たる態度があって、ほとんど人をも近づけぬ烈しさが眉にあらわれることがある。

(師の君は、近ごろ、どうかなされている)それは民部のみが感じるのではない。性善坊もいうし、あの神経のあらい覚明でさえ気づいている。

いや、気づいていることは範宴自身が誰よりも知っていた。そして、こういう自分の焦躁を、自ら省みて口惜しいとも浅ましいとも思い、あらゆる行に依ってこの焦だちを克服してしまおうと努めるのであったが、意識すればするほどかえって心はみだれがちになり、あらぬもののほうへ囚われてしまうのであった。