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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

「春は来たが……。山は依然として山だ、谷は依然として谷だ。明けても暮れても霧が住居じゃ」

「味気ないと思うのか」

「人間だからな」

「それに克つのが修行だ」

「時々、自信が崩れかかるんだ。修行修行といっても、俺たちはどうしても、抜け道を作らずにいられない。そっと山を下りて人間の空気を吸いに出ることだ。そんなことをしていたって、克つことにはならないじゃないか、ただ、矛盾の中に生きているだけだ」

「そう、むきになって考えたら、僧院の中に住めるものか、よろしく中庸を得てゆくことだ、たとえば、大乗院へ籠り込んだ範宴少僧都などをみるがよい」

「いろいろな噂があるが、あれは一体、どうしたことだ」

「おい」と、一人の背中をのぞいて、

「貴公は今朝、ここへ来る前に、横川の飯室谷へ、何か使いをたのまれて行ってきたのじゃないか」

「うむ、四王院の阿闍梨から、書面をたのまれて置いてきた」

「範宴はいたか」

「わからん」

「誰がいるのだ、今あの寺には」

「党衆らしいのが庫裡にいた。がらんとして、空寺のように奥は冷たくて暗かった。たしか、去年の初夏のころから、東山聖光院の門跡範宴が上ってきて、あれに閉じこもっているわけだが、彼の姿など見たこともない。