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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
念仏の屋根の下に、またこうして一人の信仰の友がふえたのである。暴風雨の破損もやがてすっかり修繕されて、冬の夜の炉べりは賑やかだった。
生む力、殖えてゆく力、念仏門の信仰は、春の土壌のような無限さをもって、日月の光のとどかない所にも念仏の声はあるように弘まって行った。したがって、
(ぜひ、上人のお膝元に)と、入室を願ってうごかない熱心な求道者も、断りきれないほど日々訪ねてくる。
綽空は、同房の混雑に、その年のすえ、岡崎に小やかな草庵を見つけて、そこへ身を移すことにした。
勿論、日ごとに、岡崎から吉水へ通って、上人に仕えることと易行念仏門の本願に研鑽することは一日とて、怠るのではなかった。
岡崎の家
一
岡崎の草庵の地は、松に囲まれた林の陰で、その松のあいだから白河の流れが透いて見えた。うしろは、神楽岡の台地である。近衛坂を下る人の姿が、草庵の台所から小さく望まれるのであった。
綽空は、毎日、その坂を越えた。吉田山から鳥居大路へ出て、吉水の禅房へ通うことが、どんな風雨の日でも、休みなき日課であった。
もちろん、炊ぎのことも、朝夕の掃除も、まったく一人でするのであって、まだ筧が引いてないので飲水は白河へ出て汲んでくる。