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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

事実、六波羅殿の栄耀も、小松殿の豪華も、この草間がくれの夫婦の生活にくらべれば、その平和さにおいて、幸福さにおいて、遥かに、およばなかったに違いない。

雁がわたる――秋は深み行く。仲秋の夜だった。

「兄上、ちとばかり、酒瓶に美酒さげて参りました」宗業が訪れた。

やがて、範綱も見える。十五夜ではあり、こう三名の兄弟がそろうと、ぜひとも、一献なければなるまい。吉光の前は、高坏や、膳のものを用意させて、自分も十八公麿を抱いて、円かな月見の席につらなっている。

わざと、燭は燈さずにある。すすきの穂の影が、縁や、そこここにうごいている。廂から射し入る月は燈火よりは遥かに明るかった。

杯のめぐるままに、人々の顔には微醺がただよう。――詩の話、和歌の朗詠、興に入って尽きないのである。と、思い出したように、

「そうそう」吉光の前へ向って、宗業がいった。

「六波羅の探題から、なんぞ、お許様へ、やかましい詮議だては、ありませんでしたか」

「いいえ……」吉光の前は、顔を横に振って、

「べつに、六波羅役人から、さようなことは申して参りませんが? ……何ぞそのような噂でもあるのでございまするか」