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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

「彼方へ、輦を曳け」といいつけた。

牛方の小者は、ふいに、善信がどこへ外出するのかと驚きの目をみはった。いわるるままに、輦を遠くへ曳き出し、次に、牛を解こうとすると、

「牛をつけるには及ばぬ」善信は、持仏堂の御燈明から紙燭へ灯をうつして再び出てきた。そして、その灯を、絢爛な糸毛輦のすだれの裾へ置いた。

この輦は、昨年の秋、彼と玉日とが婚儀をあげるについて、月輪の九条家が新調した華美を極めたものである。――ある日は、新郎新婦が、その裡に乗って、岡崎から吉水までの大路を牛飼に曳かせ、都の人々から嫉妬の石を雨のようにぶつけられたその輦でもあった。

「……あっ。師の房様が、輦をッ、輦を焼かっしゃる」牛飼の者は、彼方の小さい火が、やがて、真っ赤な一団の炎となったのを見て、草庵の中へ向って、大声でわめいていた。

九

みな驚いて戸外へ出てきた。

昼の事件が、誰の頭にもあったので、すぐ、

「すわっ」と感じたのは、叡山の者が復讐に来たということであった。

ところが、牛飼の者は、

「師の房様が、気でも狂わしゃったか、輦を、ご自分の手で、あのように焼いておしまいなされた」と、舌をふるわせていうのである。