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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

けれど、それも上人の気持とあればぜひがない、順々に、門弟たちは署名して行った。

そして、三日のあいだに、百九十名がそれに書かれたのである。岡崎の草庵から駈けつけた善信も、もちろん、そのうちに連判していた。

それが叡山に届けられ、大講堂で今日読み上げられたのである。

山門の大衆は(われ勝てり)と凱歌をあげ、

「ざまを見ろ」と、降伏者を見下すように、誇りきった。

三

激昂していた大衆は、すっかり溜飲を下げて、

「頭を下げ、手をついて、降伏した者を、この上、踏みにじってもしかたがあるまい」と、「念仏停止」の奏請運動は、せっかく、山王権現の神輿まで磨いたところであったが、

(沙汰止み――)ということになってしまった。

その後、安居院の法印聖覚が、個人として、山へのぼってきて、

「一山の人に話したい」と、熱心に、遊説して廻った。

要するに、こういう紛争が起るのも、仏教に対する解釈のまちがいである、認識不足が因である。――という法印の考えから、

(聖道門と、浄土門)という演題を引っさげて、仏徒に対して、仏教の初学にひとしいことを、教育しに登ったのである。山の者は、

「あいつも、今では、吉水の高足とかなんとかいわれ、世間は彼のことを、