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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

――いつとはなく。

――また、誰からともなく。

念仏の唱和が起っている。

な、む、あ、み、だ、ぶつ。――と六音のうちに、何百何千の人間のたましいが一声ごとに洗われてゆくように、そして、無碍、無我――から無心にまで澄んでゆくように、樹波の声のうちに、くりかえされているのだった。

「…………」鈴虫は、ぽかんとしていた。

そして、松虫の顔をそっとのぞいて、

(帰りましょうか)というような眼を向けたが、松虫が、どこかを、じっと、見つめているので、こらえているかっこうだった。

(念仏宗というものは、こういうものか?)

と、松虫のほうは、ちょっと、好奇に囚われて、初めのうちは、それを傍観者のように見ていたのであるが、気がつくと、自分のすぐ側にいる若い女房も、老婆も、また、町の男たちも、等しく、胸に掌をあわせて、一念に称名しているので、自分だけが、この広い御堂のうちで、空虚を作っているように思われて、何だか、取り残されたような心地であった。

四

「……ね、松虫様」

「え?」

「つまらない。帰りましょう」

「でも、せっかく来たのに」その席を立ちたくもあるし、立ちたくない気持もする。