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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

けれど、不可思議なことには、攫われてゆく女性のほうが、そういう場合に、決して、悲鳴をあげたり、大声で救いを呼ぼうともしないのである。そして、いつのまにかまた、元の局にもどって、取り澄まして、その怖ろしさをも人に語ろうとはしない。

衛府の小者たちは、そんな例を毎晩のように見かけるけれど、これも、大して異ともしない顔つきで、多くは見のがしていることが当り前になっていた。

「鈴虫様……。何を泣いていらっしゃるんですの」独りがさびしくなると、松虫はきっと仲のよい鈴虫の局を訪ねるし、鈴虫が何か思いあまることがあると、松虫の局へ行って、姉のように、何事も打明けていた。

「…………」今、ふとそこを訪ねると、鈴虫がただひとりで、燈火の下に俯伏しているので、

「また、あの御老女に、何かきびしいことでもいわれたのですか」顔をさし覗くと、

「いいえ」

「そうでしょう、きっと、そうに違いない。ふだんの御寵愛がふかいだけに、こういう折こそと、事ごとに、辛く当たられる私たちです。私も、何度も、唇を噛んでいるのです。わけて、あなたはおとなしいから」

「もう、そんなことなど、忍びもしますが、今日は、余りにひどいことを、皆して、つけつけというばかりか、誰やら、戯れ和歌にまで詠んで人を謗るので、口惜しくなってしまったのです」