轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
観念が起って参るに過ぎません。自分という我執もそこからわいてくるしの……」
七
山吹は聞き入っていた。あたたかい砂丘の陽なたは、彼女の寒々と硬ばっていた暗い顔を、やや明るくしてきた。
「……では、上人様、わたくしはあなた様に、どんなことを申しあげても、あなた様は、自分のことのように聞いてくださいますか」すると親鸞はむしろ待っていたように、
「オオ、なんなと話されい」
「ありがとうございます、わたくしには、この胸にいっぱいな苦しみを、話す人さえこの世にないのでございました。――さびしい世の中、あるのは皆、私を呪う邪智の鬼や、羅刹ばかり……。それゆえ、死のうと思い決めたのでした」
「死ぬ……それはいつでもできることじゃ、まあ、その理をいうてみなされ」
「醜い――恥かしい――それはもう上人様のまえで申すも面映ゆいことでござりますが、実は」と、山吹は、坐っている海砂をまさぐりながら――
「わたくしは元、京都の六条で、白拍子をしておりました。そのころこの国府の代官萩原年景によばれ越路へ来ぬか、国府の館へ来れば身の妻として、終生安穏に暮らさせてやろうにと、ことば甘くいわれましたので、後前の考えもなく年景について参りました。