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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

浮身か憂身か

裏も中戸も開くる東雲

送るすがたのひとえ帯

とけて解けて寝みだれ髪の

黄楊の――黄楊の小櫛も

さすが涙のばらばら袖に

『浮様』

『なんじゃ竹之丞』

『ちゃっと、そこの調子が、絃にのりませぬ。まいちど、黄楊のから』

お艶が側から、

『いいえ、お大尽様のお歌よりは、竹之丞さんの絃がわるいのでござんす。お艶が、こんどは、口三味線でのせてみましょう』

『オオ、そちが弾くか――いや三味線申すか。歌うぞ、後を』

こぼれて袖に

露のよすがの憂きつとめ

こぼれて袖に――

つらきよすがの

浮身か憂身か

『よう! 出来ましたあ』

竹之丞が、手をたたいて、賞めそやした時に、先刻、船を上った時から、絶えず物蔭から物蔭を伝わって尾けて来た旅合羽の男が、するりと、側へ、からむように寄り付いて来たかと思うと、いきなり、合羽の下に潜ませていた匕首を向けて、どんと、内蔵助の体にぶつかった。

『あっ! 滅相な……』

と、よろめきながら、内蔵助は、男の手頸を確乎とつかんで、

『――誰じゃ、粗忽なお人は』

無言で、男は、その手を振り払った。升屋の若い者は、提灯をすててもう逃げだしているし、竹之丞とお艶とは、途端に、きゃっと、悲鳴を投げて道ばたへ俯ッ伏した。