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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
この家庭
『ちと、混み入った話があるのじゃ。お汝は、彼方へ行って居れ』
又何か、両親同士で、争論をしているらしいのである。左兵衛佐は、父にあの事変があって以来、六十歳にもなるこの両親の間に迄、一つの大きな亀裂が入ったことを何よりも残念に思った。子として、親の前に、面を背けるような場合が、屡あった。
『……私がいては、お邪魔ならば――』
『何も、邪魔という理ではないがな、聞いても益のない事じゃから』
『では……』
起ちかけると、
『お汝、身のまわりの整えは、済んでおるか』
『何時でも、移れまする』
『そうか。……何も、心配すなよ』
『はい』
『気丈に居れ! 心配する事は少しもない! 母も、お汝の血色が悪いと云うて、案じておる。わしなど、何れにせよ、老先の乏しい身じゃが、お汝は、この吉良家を継ぐ身じゃないか。大事にせい。二十歳そこそこの若人が、左様な病弱で何うするか。つまらぬ世間の取沙汰などに、心を病むな』
『はい』
『この父は、左様な弱い精神では居らぬ。誰が何と云おうが、わしは、わしの職分を忠実に尽した迄だ。お公儀が、御存じじゃ。十九歳から四十年間の御奉公振りは、堂上衆も、知って居られる。