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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

路傍の男

列の中ほどから、

『はっ、何ぞ御用ですか』

磯貝十郎左衛門は答えながら前へすすんで来た。

『十郎左、ここは将監橋の近くじゃぞ』

『左様でございますか』

『会いたくはないか。――其許の母は、ついそこの将監橋の近くにいると聞いておるが……』

『は……』

『其許の兄、内藤万右衛門どのの家に引きとられて、重病にかかられて、近ごろは枕もあがらぬ容体でおわすそうな。……二度と会うおりはないように思わるるぞ。ちょっと、列を抜けて行って、一目母御に会うて来い、今生のわかれを惜しんでまいられい』

『……はっ』

『内蔵助がゆるす。はよう行て来い』

十郎左は、内蔵助のことばに、感涙を泛べながら、さし俯向いていたが、

『いや、よします』

毅然と云って、行列の足に後れなかった。

(なぜ?)

と、内蔵助は訊かなかった。――然し、わかっていた。内蔵助ばかりでなく、共に歩いている者はみな、十郎左を理解していた。

泉岳寺はもう近かった。

雪が解け初めたので、浪士たちは背まで泥濘の泥水を刎ねあげていた。三田の辻まで来ると、誰かが、

『おや、彼方から不思議な人間が来るぞ』

と囁いた。

堀部安兵衛は、顔を反向けていた。