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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

一方向き

良雪は、父が好きだからだ。父を信頼しているからだ。そして誰よりもこの際に於ける父の立場の重大なことを案じていてくれるからだと思った。

一方向き

知己というものほど言葉かずの要らないものはない。おうと云い、おうと応えればそれですべてを語ってしまっている。

良雪が碁盤を出せといつもの如くいうので、家族の者は二人のあいだへ盤と石を備えた。パチ、パチというもの静かな烏鷺の音が、すぐその部屋から洩れてくるのである。内蔵助の気持を思いやりながら茶を酌んで運んで行く家人にも、書院の南を横にして盤を挾んでいる主客のあいだに、いつもの二人と何処かちがっているという所は微塵も見出し得なかった。

時々、内蔵助がわらう。

良雪の笑い声はわけても大きい。

ざらざらと石を崩す音のした折である。

『御内助、御内助』

良雪が呼ぶと、

『はい』

お陸の答えがして、暫く間を措いてから、姿がそこに見えた。

じろりと、良雪は、彼女の青白い顔のつやを見た。お陸はうつ向いた。髪はほつれてもいなかった。

『あのな、奥方』

『はい』

『さっき、わしが台所へ渡しておいた芹のう。あれ、したし物か、胡麻あえにして下さらんか』