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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
五日韋駄天記
難所折所
――今は若き夫人との生別を、一夜のうちに為ようとは。
『では……お身を御大切に』
家来一同のことばと共に、駕籠は上った。――そして二足三足、静かに揺れ出した時である。閉じこめてある青い塗扉のうちから、初めて、泣くのを許されたかのように、彼女の咽ぶ声が、春の闇夜を、よよと洩れて行った。
五日韋駄天記
難所折所
深夜の小田原の町を、六枚肩で二挺立ての早駕が、汗に嗄れた声をあげて、真っ黒に通った。
夜半ではあるし、喧嘩でも通るような跫音に、大戸を卸していた商家の潜りや覗き窓が、方々で開いて、明灯が洩れた。
『ほ……。今度は、浅野様の御家来らしい』
『えらい事になったなあ』
噂は、早駕よりも迅かった。この辺でも、今日江戸にあった事件をもう知っていた。
宿場宿場で人足の肩継をするので、交代の手間を費やさないため、早駕よりも前に、足達者なのが一人、絶えず先へ先へと駈けているので、未曾有な江戸の事件は、疾風のように東海道へ伝わった。
駕籠のうちは、事変の直後、一番使者として江戸を立った早水藤左衛門と萱野三平が、駕籠の天井から晒布の吊手を下げて縋り、頭には白鉢巻、腹にも白布を巻いて、乗っていた。