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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

焦燥

大男は、用人の須藤与一右衛門といって、武芸の達人とかねて安兵衛も聞いていた男である。

与一右衛門は、ぎょっとしたように足を退いて、手を刀の柄へやると、

『おのれっ』

抜き討に、肱を伸ばした。

安兵衛は、二、三度、相手に空を斬らせてから、一気に与一右衛門を斬り伏せた。

すると、薙刀を持って、壁へ貼りついていた若者は、突然、逆上したように、それを揮りまわして蒐ってきた。然し、その刃風の脆さに、安兵衛は苦笑を催した。

(これは、お公卿のようだ)

そう思って、薙刀をたたき落し、片手なぐりに一太刀見舞うと、若者は、何か意味のわからない上ずった叫びをあげて逃げて行った。

――隠れこむ者は追うな。

――女子供に怪我さすな。

――塀を越えて外へ逃げ出る者は、半弓をもって、過たず射落せ。

とは、先刻から大石内蔵助や主税が、働いている面々のうちへ、幾度かさけんでいる味方の鉄則だった。

安兵衛は、逃げてゆく若者へ眼もくれなかった。だが、後に捨てられてあった長刀をふと拾い上げてみると、長巻は青貝、拵えは黄金、吉良家の定紋、梧桐の紋どころが散らしてあるではないか。

『あっ……さては今のが、嫡子左兵衛佐』