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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

村の四郎ッぺ

『さすがに、お早いことだなあ……』

柿の花を踏みながら、一学は家のほうへ行って、母屋から自分の浴衣を抱えて来て丈八に与えた。

それを着更えに纒いながら、

『惜しい事をした。――然し敵ながら一かどの男という気がした。何か、当家へ来ている書面でも掠められはしないか』

『そんな事はあり得ない。然しあの分では、赤穂にも小骨のある人間がいるらしいな』

『いるぞ』

唇をひき緊めて、丈八は凝と一学の顔を見つめた。一学は縁へ足をのせながら、

『ま、落着いて話そう。腹ぐあいは何うだ』

『すいて居る。蕎麦が食いたい』

『たのんでおこう。――母上、蕎麦を打ってくださらんか。江戸表の友達が食べたいというのです』

そう云って一学は、亡父が隠居部屋にしていた裏の一室へ、丈八と共にかくれた。

村の四郎ッぺ

『赤穂一藩の開城離散は、無事に落着くと聞いたが、その後の浪人共の動静は?』

坐るとすぐ、一学が訊ねた。

丈八は、道具買いになって入り込んだ当初からの見聞をこまかに話して、

『受城使の脇坂淡路守の手へ、城を明け渡して後は、江戸上方へ上るもあり、近郷の縁類を頼って退去するもあって、赤穂の始末は一段落とも云えるが、お家に取っては、むしろこれからが戒心の秋ではあるまいか』