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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

元禄人間図絵

水引

ばたばたと小鳥の群が木を離れたと思うと、すぐ塀の外の小路を、無遠慮な大声をして、笑ったり戯れ話を交してゆく武家達があった。つい近所の鳥居某という旗本の門から出て来た連中なのだ。ゆうべ夜半過ぎ迄、そこでは猥歌の手拍子や音曲が聞え、こういう武家の住宅地にはあるまじき湯女の姿が出入りしていたという事である。多分、町の遊び風呂の女達を引っ張りこんで、夜徹しで飲み明かした連中が、今ぞろぞろ帰ってゆくのであろう。

『寒いな。――鼻がもげそうじゃ』

大仰にそのうちの一人が云って通ると、

『おい、今村』

と、野原でも歩いているように、後のが前へ行くのを呼ぶ。

『きょうは、出役か』

『ム。詰番だが、休めば休まれん事もないのさ。こういう日は、渋い目をして、出たくないな』

『行こうか、いっそ』

『何処へ』

『ぶん流しに』

『朝のうちでは、何処へ行っても、まだ座敷があるまい』

『北廓の近くへ行けば』

『ちと遠いな。ゆうべ来た、丁字風呂のおれん、おちょう、おふじ、あの女共の所へ押しかけようか』

『湯か、湯には入りたいな。どうだ諸公』

『よかろう』

『そちらは?』

『何の異存のあるべきや』

最後の一人が、こう歌舞伎言葉で節をつけて答えたので、どっと、三々五々に爆笑を揚げて行った。