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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
蓼の味
それを、人間性のおもしろさ、社会相の自由さと眺めれば、尽きない興味であるにちがいない。浜辺の方はと見れば、ここでも、艀や伝馬船が払底を告げて、廻船問屋は血眼で船頭をひっぱり合っているし、人夫や軽子の労銀は三割方も暴騰ったというが、それでも手をあけている労働者は見あたらなかった。この需要力がどこにあって、何処へ物と人とが吸引されてゆくか見当もつかなかった。だが、とにかく、一藩の崩壊を中心として急激に経済方面の変動も起って来たことは争えないことだった。波に乗って機を掴もうとする町人達の捷こい投機心は、もうその方へ奔命を賭けていて、藩札の引換にわざわざ札座へやって来る時間さえ惜しくなっているらしいのである。
蓼の味
変事の第一報が入った十九日から二十五日までの、ここ七日間ばかりのうちに、庶民たちのあり方は、そんな形にあらわれて、露骨に町人精神の動きと、彼等の生活力の旺なこととを見せて来たが、藩士側の屋敷町区域は、まったく対蹠的に音もない沼のようだった。残務のために歩いたり、騎馬を駆り立ててゆく藩士の影が、町人たちの眼には、ただ気の毒なものに見えた。そして侍でなかった自分達の身分を、平常とは反対に感謝しあった。