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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

耳

耳

――上野介の実子、上杉弾正大弼殿が、病気といううわさがあるが……。

――上野介は、父子の情愛で、しげしげ看護に通われているという。

――いや、松坂町から通うのは、多くは家老や用人の輩で、上野介は、上杉邸から一歩も出ないらしい。

――もう米沢城へ隠れたとも風聞するぞ。

――何、嘘だ。それにしては、公儀への届出でがない。

――居るのだ! 松坂町に。

――いや居ない。

冴え切っている一党の神経に、種々な情報が入って来る。乾ききった冬夜の梁のように、みりっといえば、みりっと響く。

吉田忠左衛門は、麹町の山手から、内蔵助は石町の低地から、広いこれからの陣地の戦気を見まもるように、この二人だけは、凝と、炬燵を出なかった。

何か、火急な事以外には、同志たちの往き来いもつつしみ合っていた。殊に、何処へ出ても、居所は明確に誰かへ聯絡を持って置く事。

堀部安兵衛は、久しぶりで――そう度々も先方に疑いを起させると思って――荷田春満の家をのぞいていた。

『お在宅か』

『居ります。……おう堀部殿か』

『材木町まで参ったので』

『上られい』

春満は、書斎へ通した。

漢書、和書がいっぱいだった。