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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

恋でない恋

すぐ、ばたばたとそれに続いて聞えた跫音が、長屋の窓の下へ来て、躓いたのであろう、どんと倒れかかった。

『――知りません! 私ではありません! ――堪忍して下さいっ!』

女は、絶叫して、

『誰か、来てください……』

と、救いを求めた。

『何を喚くかっ、しぶとい!』

呶鳴っている声には、米沢訛りの濁りがある。左兵衛佐附きの中小姓という役目にある新見弥七郎の声なのだ。

『先頃から、おのれが怪しいと気をつけていたのじゃ。さっ、申せ、正直に云ってしまえ。云わなければ引っ縛って、首にするぞ』

『存じません、何と仰しゃっても……私は……』

『だまれ。……何も知らぬ奴が、何で又、あの大工小屋へ入ったか』

『私は、入った覚えはございませぬ』

『では、この櫛は、誰のじゃ』

『それは……』

『中間があの小屋の中に落ちていたと拾って来たのだ。然し、それでもまだ、念の為に、四、五日は黙って見ていた所が、今日も、慥と顔は見ないが、誰やら、奥の女中のうちで、あの大工小屋の辺にうろついていた者があるという事――のみならず、今、裏庭の木蔭にかくれて、何を書いていたか』

『お父さんへ出す手紙です……』

女は泣き声で答えているが、おろおろしている上に、まだ年もゆかない小娘なので、新見のきびしい追及に対して、余りにもその云い訳が幼稚であった。