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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
彼の道此の道
『連判の紙屑返しも、きょうで五日がかり、歩くのはよいが、今の六郎左衛門流に、返してやると、内心ではホッといたしておる癖に、アア威張られるには恐れ入るな』
『大高、灰方の家はこの路地だが』
『ひどい長屋だな、――灰方藤兵衛の分を貸したまえ、暇どっては面倒だから、拙者が一人で返して来る』
源吾は、溝板を踏んで、長屋を覗いて行った。
『藤兵衛殿、在宅か』
『誰だ』
『源吾』
この暑さに、色も褪せ果てたボロ蚊帳の中で、藤兵衛は裸で寝ていた。むっくり、肱を起して、
『やあ、大高氏か。……こいつは閉口。今、蚊帳を外すから、暫時そこで』
『あいや、その儘で』
『浴衣もない始末じゃ、然らば、蚊帳のうちにて』
『端をお借り申す……』
と、腰をかけて、血判を戻しに来たことを、何家へ行っても同じ口上の通りに述べると、
『やあ、そうか』
と、藤兵衛は正直に、重荷を下ろしたような顔をする。
『――それあ、今となっては、そのほうが此方も仕合せだ。主家没落のあの前後には、血も昂っていたし、世間の眼もあり、城を枕に討死とまで、同藩の連中の雰囲気というやつもあったが、離散後は、やはり種々考えるからな……』