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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
吉良殿長屋
秋の神経
わしも、もう二十年も若かりせば、たとえ、女房どのに怒られても、この後の半分の図面は持ち出させて見せるものを』
つり込まれて、皆も、笑ってしまったが、その中で笑えない者が二人だけあった。それは、矢頭右衛門七と、磯貝十郎左とであった。
吉良殿長屋
秋の神経
何に愕いたか、厩の馬がみな一斉に跫音を立て初めたのである。吉良家の厩は、八疋立の一棟になっていたから、いつでもそこには、五、六頭の駒が繋がれてあった。
一疋が騒ぐと、すべての駒がみな止木の中で刎ね返るのだ。その物音が、奥まで聞えた。
上野介の嫡子吉良左兵衛佐は、屋敷のうちの物音には誰よりも敏感であった。すぐ、神経質な眼を澄まして、書物を机に伏せた。そして、廊下へ立つと、
『誰か来いッ』
と、呶鳴った。
『――誰か居らんかっ、孫八郎っ、利右衛門っ』
中小姓の名を呼び立てると、
『はっ、若殿』
左右田孫八郎も、鳥井利右衛門も、すぐそこの廊下を隔てた用部屋から、何事かとあわただしく出て来るなり両手をついた。
左兵衛佐の顔いろは、もう紙のように白っぽく、そして動悸のために、声までがはずんでいるのである。
『……何じゃ、厩のほうの物音は』