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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
山科普請
紫ずきん
十一月の半旬である、今朝の寒さはべつだった。
さなきだに寒い鳥の子の白襖に小堀遠州風の簡素な床壁と、小机と、そして一輪の山茶花を投げ入れた蕎麦の壺と。
――それだけであった。
この実家方の――赤坂南部坂にある浅野土佐守の邸の奥ふかくへ籠ってから、瑤泉院は、亡き良人内匠頭との在りし日の頃の楽しかった追憶に、終日を、仏間に端坐しているか、机に向って、法華経を写経していることを、何より心の慰めとしているらしかった。忍びやかな塗駕を閉じて、ただ一度、泉岳寺へ参詣したほか、外へ出たことも殆どない。
『御後室様、御後室様』
いつになく、小走りな跫音が、仏間と茶室との中廊下にして、鉄砲洲の上屋敷からずっと侍いているお妙が、寒さに、白い息を見せて、仏間の裡へ云った。
『大石様がお越しあそばしました。あの、いつもお噂していらっしゃる内蔵助様が』
『オ……。内蔵助が、見えましたか』
『はい』
妙も、欣しそうなのである。
書院の次の間に、内蔵助は平伏していた。この月の三日に出府して、江戸にいる旧藩士の人々と幾度か会合を重ねていた。勿論、堀部、奥田などの急激派を極力宥めるためだった。