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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
隠密行
気にもかけないふうであった。笠を飛ばした男は、小づくりで逞しい町人だった。坂の下へ沈んで行く駕の影を追って、彼の足は急に迅くなった。
隠密行
吉良家の人間か、上杉家の家来か、千坂兵部の扶持を食っているのか、木村丈八は、自分でもわからない程、このところ、不思議な出没に忙しかった。
(数寄屋門から、中庭を通って、いつでも黙って居間の縁先へ通って来い)
と、兵部から自由をゆるされているので、彼が、そこを無断で出入することは頻繁だった。――殊に大石内蔵助が、江戸表へ東下して来て以来は。
今も、脚絆草鞋のまま、沓石に居て、縁先に腰をかけている旅商人かのような町人が、部屋の内の兵部と声をひそめて話している。それが、南部坂で笠をとばした男だった。つまり、兵部の命をおびては、昼夜、伊賀者のような飛躍をしている木村丈八なのである。
『昨日、内蔵助は泉岳寺から、瑤泉院の住居を訪れ、その足で、御目付の荒木十左衛門殿の屋敷へ駕を向けました。恐らく、主家再興の懇願をかねて、赤穂始末の折の御礼を述べたものと存ぜられます。同日、松平安芸守、浅野美濃守へも、挨拶に立ち寄りました。いずれも、少時間でござった』