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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

蜜柑の味

『まだ、戦い中であるぞっ』

列のうしろで、吉田忠左衛門と、跛行をひいて歩いている原惣右衛門が、先頭の若い者へ云った。その列の先から、一人、神崎与五郎が、先へ駈け出して行った。

(偵察か?)

絶えず、上杉勢の殺到を頭に置いている人々は、すぐそう考えて、緊張したが、与五郎は、長い土塀の角を左へ曲がって、回向院の大門の扉を烈しく叩いていた。

『――御寺内へ物申す。吾々は、故浅野内匠頭が浪人共でござるが、唯今、亡君の讐を討って、吉良殿の屋敷から引き揚げて来たところでござります。恐れ入るが、暫時、休息のため、御寺内を拝借したい。――御迷惑はかけぬによって、ここをお開けねがいたい』

幾度か繰返して呶鳴っていると、

『折角でございますが――』

と、門内で鈍い返辞がした。

『生憎、院主が留守でございますので、私共一存では、お開け申すことはできませぬ。はい……どうもお入れ申すわけにはゆかないそうで』

与五郎は、舌打して、引っ返して来た。

その間、一同は、四つ辻に立って、万一の不意の敵に備えていたが、回向院で断られたと聞いて、

『では、あそこで休め。――あれがよい』

と、指さした。