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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

米磨ぎ笊

呟きながら、その人の影も、山科の黒い夜霧のうちにかくれて行った。

米磨ぎ笊

『もうよいかや?』

『まだまだ』

『もうよいか』

『あい、そろそろと』

衝立ての後から、その途端に、腰もしっかり定まらない一人の酔いどれが、扮装してひょろりと起って来た。

『わはっはははは』

『ホホホホ』

『はははは』

男や妓や、一座の者は、その客の奇抜な恰好を見ると、ひっくり反って笑った。手をたたき、腹をかかえて、いつ迄も、笑いやまないのである。

頭からすっぽりと、米磨ぎ笊を被っているのだ。手に持って来たのは、それも仲居が台所から探して来た擂粉木であった。そして、芸妓に解かせた緋鹿子の扱帯を、後結びの襷にかけ、

『これで何として候ぞ』

米磨ぎ笊の中から云った。

『――笑うてばかり居ては、とんと、踊りようもないわ。……おはん、おとよ、おしげ。はよう、三味を弾け、太皷たたけ。して又、地唄は何としたぞ』

『あいあい』

と、近頃、祇園や伏見で流行りの古今節の囃子を賑やかに入れて、

『さア、見ましょう見ましょう。聟殿、踊ったり、踊ったり』

と、仲居、妓、辻咄の徳西、歌舞伎若衆の瀬川竹之丞などが、声を競って唱歌しだした。