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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
暮色の底
大工共へ、十枚ほど削らせい』
筆を執って、藩札六歩換えの布令書の文案を認め、それを岡島八十右衛門の手へわたして、
『立札へはこのように書いて、各所へ打て。――早くじゃぞ』
一刻をも急くように吩咐けた。
板が削れたと知らせてくる。
岡島や、組の者が、あわただしく立ってゆくと、入れちがいに、城下から離れた土地にいた為に、遅ればせに馬で駈けつけてきた加東郡の郡奉行吉田忠左衛門が、汗まみれな額に埃をつけたまま、用部屋の入口に姿を見せ、
『おうっ……』
と、内蔵助の振向いた顔へ云った。
『おお……吉田氏か』
それまでは忘れていたかのような一個の感情が、忠左衛門の姿を見ると、急に胸から揺りうごかされて来て、内蔵助の眼がしらに、熱いものがつきあげた。
暮色の底
六十歳とは見えない吉田忠左衛門の骨ぐみであった。腰も曲がっていないし、いまだに背は六尺もあるという、脣が大きくて、老人のくせに甚だ朱い。髪は白髪になりきらず玉蜀黍の毛のようだし、田舎にばかり役勤めをしているせいか、皮膚の黒いことは百姓に劣らない。容貌どことなく魁偉なのである。
けれど、気は女のように優しい。任地の百姓は、慈父のようになついていた。