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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
上杉雪崩れ
――期を逸しては、赤穂浪人共が存分に土足の痕をのこして逃げ去ろうぞ。早くせいっ』
この殿の口から誰も聞いた事のないほどの強い叱だった。
それ以上、遮れば、手にしていた佩刀が、何者をも真二つにしかねない血相なのである。
『持ちましたっ』
ばたばたと三、四名の近習が、彼の側へ火事装束を置いた。
弾正大弼は、もう帯を解きすてていた。
腹巻、肌着、皮足袋と、側の者が手分けをして、彼の体にそれを着けた。
『大弼』
うしろで、老母の声がした。
上野介の奥方であり、又、彼にとっては実家の生母にあたる富子夫人なのである。呉服橋の旧の屋敷をひき払った時から、夫人は、上野介とわかれて、ここの邸内にひき取られていた。
『オ……』
老母のすがたを見ると、弾正大弼は、胸のうちが煮え返るようだった。涙がつき上げて来て、正視できなかった。
老母の眼も、涙でいっぱいに見える。弾正大弼が、身支度している態をながめると、よけいに、その感情が取り乱れて来たもののように、
『駈けつけて下さるのか』
と、云った。
『はい』
大弼は、両手をつかえて、
『行って参ります。これが、行かずにいられましょうか』