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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

残る恨みは

『苦しゅうない』

との答えなので、

『では』

と、遽に式場を変更して、黒木書院で滞りなく執り行った。

その間にも、内匠頭の気持に、

(自分が、もし内匠頭の立場であったならば、やはり? ……)

と、密かな同情を消しきれないでいる人々は、何とか、三卿が、将軍家か、将軍家の母堂の桂昌院にでも、

(気の毒な)

とか、

(一時の乱心であろう)

とか、云ってくれたらばと祈って、頻りと噂をしてみたが、三卿とも、将軍と大奥からの莫大な贈り物に気を奪られていたのか、遂に、そんな言葉も出ずにしまった。

人々は、落胆して、

(冷たい公卿だ……)

『武士の情ということはあるが、公卿の情という言葉はないとみえる』

と、囁いた。

残る恨みは

『すぐに!』

という急ぎの招きである。

多門伝八郎と、近藤平八郎の二人は、老中たち列座の御用部屋へ呼ばれた。そして、

『御上意である。内匠頭、糾問の役目、其方共に申しつける。取り急いで、屹度、吟味あるように』

と、言い渡された。

伝八郎は、内匠頭が刃傷につかった小脇差を取り寄せて手に持った。当然な人間の弱点を考えるのである。これを抜く時と抜いた後の心理とを比較すると、思いやられるものがある。