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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

国難来

『大事到来』

と、呟いた。

紙屋は、その顔を見つめながら、

『和尚、いったい何が起ったのでしょうな?』

『おまえには分るまい』

『わかる筈がございません』

『杜子美が歌ったような事にでもならなければよいが……』

漆は用を以て割かれ

膏は明を以て煎らる

蘭は摧く白露の下

桂は折るる秋風の前

連れの者を忘れたかのように、早駕の曲った方へ、良雪も独りで曲って行った。

すると、――大きな体をした藩士だった。肩を前に出して、宙を飛んで来たのであったが、その勢と体格で、前に行く良雪へぶつかった。藩士は、弾んだ呼吸で、

『あっ、御免っ』

と謝まったが、然しその儘、駈け去った。

良雪は、蹌めきながら、

『煙硝山の横川殿じゃないか。おい、勘平殿、勘平殿』

と、呼んでいた。

けれど、先の者は、ふり向きもせずに、もうお堀へ突き当っている。そしてやがて、国家老大石内蔵助の屋敷の長屋門のうちへ鐺を上げた儘、大股に入って行くのであった。

国難来

いつもならば奥の主の寝屋の戸はまだ開いている時刻ではないが、母屋も客間も、清掃されているばかりでなく、長屋門の両翼の扉はいっぱいに開かれていた。

十四日の七刻下がりに、江戸表を立った早水藤左衛門と萱野三平のふたりは、百七十五里の長途を、不眠不休で、たった今ここへ着いたのである。