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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

吉良ざむらい

吉良ざむらい

『ありがたい!』

右衛門七は、思わず塀の内の彼女へ向って心から叫んだ。

だが、割れた板図面へとびついて、それへ手をのばした咄嗟に、右衛門七が頭から被っていた蝙蝠羽織を、何者かが鷲づかみに掴んで、

『これっ!』

『あっ』

『何者だっ』

羽織をつかんでいる間に、板絵図の割れた一方を溝の中へ落してしまった。咎めた男は生憎と強力である。右衛門七が羽織を放さないので、その上から彼の首をつつみ、背後から鉄の箍かと思われるような両腕をまわして締めつけた。

『うっ……ううっ……』

十七歳の右衛門七は、体もまた蒲柳の質であった。男はそれに反して彼の倍もある恰幅で、年頃も三十前後かと見える。太やかな朱鞘を差し、角ばった顔に硬そうな髯がまばらに生えていて、

『うぬ、何処の素浪人か』

と、身を捻じて、業をかけながら罵るその声が、紛々と、酒くさいのであった。

吉良家の浪人であることは、右衛門七にもすぐ分った。――南無三と心のうちでさけびながら、必死に、敵の腕くびを掴まえて、肩越しに投げ捨てようとするらしいが、所詮、彼の技にかかるような脆い相手ではない。

『くそっ』

敵の腕は、彼の喉輪を抱き込んだ。