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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
小豆坂
棒だの、息杖だの、竹槍だの、小石だの、わあっと、旋風になって、草埃りを巻きあげた。藤左衛門と三平は、身をもってその中へ突っ込んで行ったが、十歩押せば、十歩押し返して来る。触れる者は、投げつけたり、蹴ったり、突いたり、六臂になって働いてはみるが、それとても、眼に余るほどな人数であるし、騒ぎを知って加わる弥次馬が殖えるとても減りはしない。
脅しに白刃を見せたら、或は脆く逃げ散るかも知れないと思ったが、土民とはいえ、領主の身を思っての赤誠であってみると、案外、そうでないかも分らない。万一、それでも頑強に抵抗して来たら、勢いの赴くところは、自分でも推し量り難い。
小豆坂
(一滴の血でも、ここで流してはならない)
と、藤左衛門は、臍に誓った。血を見たら、衆は衆を呼ぶだろうし、駅路の規定にも触れ、吉良方に加担の役人でも出たら猶更の事だ。遅れた上にも、日数に暇どってしまうだろう。
と云って、この真っ正直で、頑迷で、領主思いな土民を、何うしたら血を見ないで追うことができよう。長途の早駕に、体は綿のごとく疲れているし、わるくすれば、此方が危ない。
百難の渦と泳ぎ闘っている気持だった。