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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
武士の塩
それは言葉に表現できないものだった。殊に、武士と武士との情誼というものでは、猶さらにである。
『なんの……』
軽くは云っても、伝八郎も又、自分の誠意が、一年余を経た今日も、その人にはっきり刻まれていたかと思うと欣ばしかった。
『お礼などと仰せられては、伝八郎、恥しゅう存ずる。それよりは、御主家の変あって後、各※(二の字点、1-2-22)のおうわさを聞くにつけ、よそながら傷ましゅう存ぜられて居った。然し、お健かの態、何よりでござる』
『あなた様にも――』
と、源五右衛門は畳へついた儘でいる手を忘れて――
『こうして、変らぬお姿を見ておりますると、あの折の黄昏の庭明りや、散る花や、眼に泛び出て……』
『伝八郎も、御同様に思う。はやいものでござるの――もうやがて年を越えれば二年』
『お計らいに依って、主人の遺書辞世も、国表に達し得まして、旧藩士一統、内蔵助以下、皆、あなた様を徳として、何のようにか御仁慈を謝して居りました。……然しその後は、お聞き及びの通りに離散、他の者の沙汰無しは、平に御用捨くだされませ』
『して……其許は今、何処に』
『申し上ぐるも背汗の至りに存じますが、本所林町に店借して、侘しく浪人暮しをいたしておりまするが、偖、仕官の口も見あたらず、ただ無為な日を過して居りまするばかりで』