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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
酒供養
酒供養
丈八も強いし、一学も酒がつよい。
勝手口へ取っておいた一升は空になっていた。
『……ちと飲み足らんのう。御賄所へ行って、例の手で召上げて参ろうか』
一学が立ちかけると、
『まあいい、今夜は怺えよう。おれもそろそろ近習部屋へ帰って寝るとするから』
『いつになく切上げがよいではないか』
『ちと、くたびれ気味だ』
『まあもすこし話してゆけよ』
『話していてもいいが、酒がないぜ』
『酒よりは話がしたい。今夜は、ここへ寝ないか。――こういう晩も、来年はあるかないか分らない』
『清水……ひどく今夜は淋しがるじゃないか』
『大勢のお客が帰って、上野介様もきっとお淋しくおやすみのことだろう。おれには、そのお気持が胸へこたえて来るのだ。……それに』
と、一学はふと燈火のない隣りの部屋をさし覗くようにして、
『このふた晩ほど、続いて、死んだ母者人の夢ばかり見ている。そろそろおふくろの迎えが近づいて来たのかも知れない。……だから、貴様とこうして語るのも、そう長い間の事ではない気がするのだ』
そう云われて丈八も気づいたのである。女気のない住居に似ず、隣りの部屋には、一学の母の位牌の前に、燈明が瞬いていた。