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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

此一期・月雪花

菜鳥椀

『婆よ、門口にも心をつけんか、もうお客たちの渡らるる時刻、誰方かお越しなされたらしいぞ』

声はすばらしく大きな老人だ。堀部安兵衛の舅の弥兵衛金丸なのである。

大川端から西へ入ってすぐの町中で、この矢の倉の米沢町に老夫婦は暫しの隠宅を構えていた。

『はい、はい』

と、彼の老妻は台所のほうで忙しげに返辞する。黄昏の勝手元には、煮物のにおいや、だし汁の沸くのが温かに煙っていて、手伝いに来ている身寄の家の娘だとか下婢などを指図して、安兵衛の妻のお幸も賑やかに立ち働きしていた。

『菅谷半之丞様と、早水藤左衛門様のおふた方が、おそろいでお見え遊ばしました』

十六、七になる親戚の小娘が、きょうの取次役らしく、帯をきちんと結んで、炬燵の弥兵衛に手をつかえて告げた。

『お二階へ』

『はい』

『後からお見えになるお客も。――よいかの。顔の見馴れぬ衆が来たら、すぐ、婆かわしへ告げ、滅多に通してはならぬぞ』

急にまた、書き残りの手紙を思い出したらしく、弥兵衛は眼鏡をかけて、もう五、六通、そこに書き終えてある上に、更に、二通ほどの手紙を認めて、

『名残は程にしよう、限りがないわい』

と、つぶやいた。