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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

千坂兵部

千坂兵部は、人知れぬ嘆息をついて、

『――浅野家の老臣とて、これほどの苦悩は持つまい。すでに主人の為てしまった事を受けとったほうが、どんなにか、気が軽いか知れぬ』

沁々と、彼は、彼独りの心のうちで、そう思う。

もう六十に近い老躯に、この春からの心痛は、余りにも、重くて負い難い気もされる。しかし上杉家にとって、遠祖上杉謙信このかたの大難とも思えば、かぼそい老骨の挫げるまでも、それを負って、太守憲綱を援け、米沢三十万石の社稷を、この際は、石にかじりついても護り通さなければならない。

太守の弾正大弼憲綱は、二歳の時、吉良家から養子にもらわれて、上杉家の嗣子に坐ったのであって、上野介は実父にあたる人でもあるし、母の富子の方も、同族の上杉播磨守から出ているので、血に於いても、義に於いても、また世間の十目十指が、吉良と上杉家とは、断っても断たれない関係に結ばれているのだった。

その実父が招いた殿中の大事変である。当の上野介がうけたかすり傷や恐怖以上に、あの時、大きな衝動をうけたのは上杉家だった。またその磐石の社稷を担っている老臣千坂兵部だった。

変を聞いて米沢から出府する時、兵部は、総身の毛穴をよだてて、