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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

凶変戦

一歩でも遅ければ、一歩のあいだ、夫人の悲しみを短くするように思えるからであった。

凶変戦

だが――夫人は既に知っていた。

木挽町の別邸に住んでいる内匠頭の実弟浅野大学が、紙のような顔いろを持って、

『姉上っ。……大変事が起りました』

と、彼女の部屋へ転んで来たのは、供方の者の帰り着く頃より、半刻も前であった。

夫人は、大学のあらい息づかいへ、眸を向けた、もうその時、すべてを知ったのであった。それが分らないような夫婦の生活は、一日とて過した事のない彼女である。

浅野一門の血は彼女にも濃い。三次の城主浅野因幡守長治の娘で、輿入をする前までは、

(栗姫さま)

と呼ばれていた。

深窓の人にめずらしい思いやりを下々に持っていた。又、聡明で、美眸であった。内匠頭とは何としてもふさわしい夫婦だと、一門から羨まれていたものである。

さすがに、恟ッとしたらしく、美眸の睫毛に、露のような戦慄をさせかけたが、もの静かに、

『大学様、おしとねを、お敷て遊ばしませ』

『それ所ではありません。……あ、兄上には、殿中で刃傷に及ばれたそうです。――即座に、田村右京太夫殿へ、お預けになられたとのこと』