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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

病汗

また人間的な修養ができていない若いうちから、この大藩の太守に坐って、奥にも外にも、気をつかって来たせいもあろう。大藩であるほど、譜代の重臣や支藩に勢力があって、外から入って上杉家という名門を嗣いだ弾正大弼は、多くの場合、単なる「殿」と敬称されて飾られている人間に過ぎなかった。

それを常に、

(御辛抱あそばせや、下々に於てする苦労も、一藩の上にあって遊ばす辛苦も、艱苦の尊いことに変りはございませぬ。艱苦の門を避けて大成した人物などは、古来一人もなかったはずでございます)

と、励まし、慰め、そして藩政の内外に亙っても、無二の力となって、多年、彼をたすけて来た者は、老臣の千坂兵部であった。

――その千坂兵部は、この大雪が来た数日前から、上屋敷にはいなかった。もっとも、平常も麻布の下屋敷のほうへ詰めている場合のほうが多くはあったが。

弾正大弼は、彼がなぜ、下屋敷のほうに多く居るか、その気持を知っていたので、

(済まぬ)

と、心のうちで詫びていた。

云う迄もなく、去年三月十五日の事変からずっと打続いて来た吉良家の問題である――実父の身辺の問題である。

弾正大弼の病気は、その事も、多分に原因しているにちがいなかった。