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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

十一の影

通用門から船までの僅かな間に、忽ち、二十名ばかりの家臣が立って、人影の垣を作った。その中を、上野介と左兵衛佐の父子が、眼立たない服装をして歩いて来た。

富子の姿は、見えなかった。左兵衛佐は、父の手をとって、渡板から伝馬船のうちへ導いた。武士たちが目礼する中を、父子は、胴の間に設けてある席へ坐った。

『では……』

『では』

と、船と陸とで、小声を交し合って、家臣たちはすぐ散らかった。伝馬船は、もう幅の狭い濠の底をゆるやかに辷ってゆく。

上野介は、陸の灯や星を仰ぎながら、

『外の風に吹かれたのは、幾日ぶりじゃろう』

と、つぶやいた。

左兵衛佐は、今夕、上杉家の方へ戻った母の事ばかり考えていた。母の云い条を聞けば、母のほうが正しいように思われ、父の主張を聞けば、それも尤もな気がするのである。――しかし、どう正しくても、母が主張するような事には子として従えないと思った。彼は、どこまでも、この孤立な父の側に在ろうと心の裡で固く思う。

『やっ?』

舳にも艫にもいる警固の家臣が、突然こう口を辷らせたので、父子は、ぎくっとした眼で、すぐ船の前後を見廻した。

『なんじゃ?』