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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

有情・無情

そして、襟元を直すと、すぐ起ち上って、

『――お手数でござった』

と、俯向いた。

蘇鉄の間の一隅に、内匠頭を坐らせて、大屏風で囲ってしまう。

すると、続いて、同じ蘇鉄の間の北の隅へ、吉良上野介が呻めきながら多勢に囲まれて来た。

『お坐りなされ。――吉良どの、それに、お坐りなさい』

『痛い……。お医師を頼む、お医師を早く頼む』

『医師は、すぐ参ろう程に、とにかく、落着き召されい』

屏風で、囲いかけると、上野介は、まだ落着き切れないような眼をくばって、

『向うの隅に居るのは、誰方でござるの』

『相手方の浅野内匠頭どのです』

『やっ!』

あわてて、屏風内から、這い出そうとするので、介添の人々は、亀の子を抑えるようにつかまえて、叱りつけた。

『どこへお出で召さるか。その為に、吾々どもがついて居ります。相手方が、あのように静かに為て居られるのに、醜しいではござらぬか。ちと、恥をお知りなさい』

有情・無情

下層社会のどん底からは、想像も及ばない一世界がここにある。天井の高く、天人彫の欄間から乳いろの湯けむりの中へ、虹のような陽が射しこんでいる。わずか五尺の体を洗う御風呂場である。